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断捨離は、心の詰まりを取り除き、自分らしく生きる‘きっかけ’

2023年10月1日
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  やましたひでこ公認 断捨離®トレーナー 山内 悦子 さん   (シーズレター2023.10.1号)  断捨離って知ってる?「要らないモノを捨てることでしょ?」「部屋の整理術じゃないの?」と思っている人が多いのでは。ところが、山内さんいわく、モノを捨てることは、心の詰まりを取り除き、自分らしく生きる‘きっかけ’なのだ。  熊本市生まれ。気の強い九州女の母から娘へ伝えられた「女は我慢」という教え。それに従うしかなかった子ども時代。「母は私にとって絶対的存在でしたし、良好な関係でいたいと子ども心に思っていたと思います」何事も4歳上の兄が優先だったり、自分の感情を出せなかったり…納得のいかないモヤモヤした感情を抱えたまま迎えた反抗期。母に対する精一杯の反抗は口をきかないことだった。しかし、高校3年生の三者面談の日、母と並んで座った校舎の廊下で突然「東京に行く!」と宣言。都心の大手ホテルへの就職を自ら決めて上京した。今振り返ると、その後数年間のホテル勤務時代は「自分であることができた」時期だったと言う。  24歳で結婚し、3人の男の子を授かった。専業主婦として過ごしていたが、30代の終わり頃、以前と同業種の職場へパートとして再就職し、50代で準社員に登用された。ずっと家庭も仕事も充実した日々のはずだったが…どこからか湧いてくる、‘モヤモヤ’としか言えない気持ちが、ずっと山内さんの心の中にはあった。その正体を知りたくて、インターネットであれこれ調べているときに、やましたひでこさんの断捨離と出会った。  モノを捨てられないのには、もっともらしい言い訳があることも多い。例えば、「夫が取っておけと言ったから」「ここにないと、子どもが探しちゃうから」。断捨離では‘今’の‘私’に必要かどうかをまず考えるトレーニングをする。すると、モノを捨てて部屋が片付くだけでなく、自分の中で曖昧だった様々なことに気づくと言う。「夫や子どもの要求を優先して、自分の気持ちを押し殺してばかりいた」「自分自身を‘軸’にして物事を考え、判断していなかった」。  山内さんは、断捨離の講演会やセミナーに通ううちに、モヤモヤを言葉にすることができるようになり、自分の行動が変わっていくのを実感した。そして、「自分を大切にしないと周りも大切にできない」「自分を満たすことに、自分で許可を出してよい」と考...

子どもとの時間を大切にしたい。でも、働きたい。

2023年7月3日
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公認心理師・臨床心理士 杉本 杏奈 さん   (シーズレター2023.7.1号)  杉本さんとシーズネットワークの出会いは、1人目の子どもが1歳4か月の頃。ママには見えないかわいらしい見た目とは裏腹に、「少しずつ外に出て、臨床心理士の専門性を活かした仕事につながることを見つけたい」と、控えめな口調ながらしっかり話されていたのを覚えている。そして今、子どもは、6歳、3歳、0歳4か月の3人に。上の子たちが小学校と幼稚園に行って いる午前中に、ご自宅のリビングで末っ子を抱っこしてあやしながら、Zoomで取材を受けていただいた。  大学の心理学科を卒業後、大学院で臨床心理学を専攻。卒業後、適応指導教室に勤務する間に臨床心理士の資格を取得した。様々な経験を積もうと思い、自治体の教育相談センター、民間の療育施設やカウンセリングルームなど、専門性を活かせるいくつかの職場を掛け持ちした。  20代後半で結婚・出産。専業主婦となったが、「働き続けていたい」という思いが湧いてきて、1年ほどで少しずつ仕事を再開した。2人目、3人目の子どもの妊娠・出産後も、就学相談の発達検査のテスター、自治体の市民相談員、民間企業のメール相談員、大学での学生相談など、日数や時間が少ない有期雇用の職場で様々な仕事を経験し、国家資格である公認心理師も取得した。  3年ほど前からは、夫が役員を務める親族経営の会社で、産業心理職として働く。経験のない分野だったため手探りでスタートしたが、EAPコンサルタントという資格も取得した。「従業員みんなが楽しく働ける職場に」という思いで、メンタルヘルス啓発のためのお便り、メール、LINE配信、ストレスチェックなどをしている。今は末っ子の育休中なのだが、少し早起きした日などに週3~4時間だけ仕事をするそうで、「ちょっとずつでも継続してやりたいので…」と笑う。  杉本さんから感じるのは、専門性があることによってめぐり合わせた多様なチャンスを、力まずに受け入れ、自分で環境を整えて取り組み、蓄えにしていく力。しなやかでたくましい。しかし、「専門性を活かして自分のペースで働き続けるって、素敵ですね」と言うと、こんな答えが返ってきた。「よく悶々としています。子育ては今しかできないから、子どもとの時間を大切にしたい。でも、働きたい。もっと時間があればいいのに、って思うし、バリバリ...

教えるのが好き! 人と関わるのが好き! 

2023年4月5日
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声楽家・合唱指揮者 柳田 るり子 さん   (シーズレター2023.4.1号)  取材のために初めてお会いしてすぐ、柳田さんが放つ‘何か’が、自分を包んで染みこんでくるような気がした。この人は、周りを「元気にしちゃう」人だ、と直感した。  秋田生まれ。小中学校時代は合唱部に所属し、ピアノ伴奏を担当した。高校入学後、ピアニストを目指そうとしたが、指導者から「その指の長さではプロは無理!」と言われる。でも、それには続きがあった。「きみは歌だよ!歌をやってみなさい」その言葉を信じて声楽に転向すると、すぐその魅力にとりつかれ、東京の音大の声楽科へ進む。卒業後ももっと勉強を続けたかったが、大学院は狭き門。後ろ髪を引かれつつ帰郷した。  その後すぐに、結婚し多摩市へ。3人の娘を持ち、生活は子ども中心となったが、音楽好きは変わらず、自宅でピアノ教室を開き、娘の幼稚園のPTA合唱団に入った。多摩ニュータウンは開発真っただ中の活気あふれる時期。様々な活動に参加し、中心的な役割を担うことも多くなる中で、仲間がどんどん増えていった。その後、家族でドイツに渡ることに。現地で音楽活動をする機会にも恵まれ、約3年間を過ごした。「日本でもドイツでも、ほんとにいい出会いばかり」と笑い、「人とつながっていることが大事」という。  多摩での音楽活動のベースとなっているのが、「Ever Green Voce(エヴァーグリーンヴォーチェ)」での合唱指導だ。娘の中学校のPTA合唱団から始まり、20数年も活動が続いている。8年前、柳田さんが実家の事情で秋田に引っ越すことになると、「先生に指導してもらえないなら、解散するしかありません。交通費を私たちが持つから続けてほしい」とまで懇願された。気持ちに応えたいと思い、以来、なんと毎週、片道約4時間かけて秋田と多摩を往復しながら、複数の合唱団やボイストレーニングの指導、高校の非常勤講師にも就いている。「教えるのが好き!人と関わるのが好き!」は柳田さんの言葉をそのままお借りしたのだが、まさしく心からの思いなのだろう。  本当は若い頃にもっと声楽家としてのキャリアを積みたかった。でも、子育ても一生懸命やりたかった。子どもたちはとうに独立し、還暦の節目となった昨年、「若い人が歌うのとはちがう、歌への思いを存分に表現できるよ」と恩師に背中を押され、初めてのリサイタル...

「働き方 私流」をお引越ししました!

2023年4月3日
 シーズレターの特集記事「働き方 私流」を、2023年4月よりBloggerへお引越ししました。過去の記事は、 こちら からご覧ください。